今井さんが年に20回以上訪れるという西伊豆・大瀬崎の
ダイビングスポットでは、珍しい深海魚なども見ることができるという。
印刷会社に勤めていた時に作ったという自作の写真集を実際に何冊か見せていただいたが、どれもきれいに製本されていた。
「できあがった物語を何人かに見てもらったら、面白いと背中を押してくれる人もいたので、では送ってみようかなと思いました」
©今井寛治
vol.3
水中写真家

今井寛治さん インタビュー

第2回「日本写真絵本大賞」(2021年)
金賞受賞者の今井寛治さん。
受賞作の「ロウソクギンポ タイドプールの暮らし」は、
海辺の潮だまりで暮らしている全長6センチメートルほどの
愛らしいロウソクギンポの生態を、
写真絵本として紹介するもの。
タイトルを『がんばれ! ロウソクギンポ』
として発売となったが、
写真絵本作家デビューした今井さんとは
一体どんな人物なのか。
今井寛治いまい・かんじ
水中写真家・フリーデザイナー。1954年12月、岐阜県岐阜市生まれ。高校時代に森山大道氏の『写真よさようなら』(写真評論社 1972)の写真群に感動しカメラを始め、学生時代は写真部に所属。印刷会社に就職し制作全般を経験。その後いち早くMacを導入した制作会社を設立する一方で水中写真に出会う。以降水中写真を中心に写真活動をする。現在は和歌山・串本、小笠原、山口、奄美大島、西伊豆・大瀬崎など、主に西日本を中心に活動中。ロウソクギンポを題材にした「ロウソクギンポ タイドプールのくらし」で2021年、第2回「日本写真絵本大賞」金賞を受賞。

森山大道の写真集に触発されて
写真を撮り続けた学生時代

 日本が高度成長期にあった70年代。まだ高校生だった今井さんは、手に取った1冊の写真集を開いて衝撃を受けた。それが森山大道氏の『写真よさようなら』(写真評論社1972年)だった。

今井「ショックというより、何をやってもいいんだというエネルギーみたいなものを感じました。当時、写真といえば土門拳に代表されるようなグラフ雑誌のドキュメンタリーやグラビア、広告写真などが主流だったので、森山さんの斬新な写真は衝撃でしたね」

 その写真集は60年代後半から70年代前半にかけて、「アサヒカメラ」や「朝日ジャーナル」「カメラ毎日」などの雑誌に掲載されたものや、撮りためたネガの中から、本来ならば捨てられても仕方のないような写真ばかりを集めて1冊にまとめられたものだった。森山本人も言っているように、とにかく「エタイの知れない」写真集なのだ。
 これに触発された今井さんは高校、大学時代、カメラを片手に日本全国を歩いてルポルタージュ写真を撮り続けた。

今井「確かに高度成長期は、日本中が活気にあふれて元気な時代ではありましたが、一方でスモッグや公害の問題も各地で起きたりしていました。それまでのバラ色に見えた未来から、漠然とした不安や疑問が大きくなっていきました」

子どもの頃に観たTV番組の
影響で海の神秘的な
世界へ憧れを強めた

 関西の大学を経た後、今井さんの出身地である地元・岐阜の印刷会社に就職した今井さんは、印刷のすべての工程を経験しながら、そこで初めてコンピューターのMacと出会うことになる。

今井「もともと機械好きでしたから(笑)。Macでフォトショップを使うようになってから、これは仕事の幅を広げられるんじゃないかと思い始めたんです」

 撮り続けていた写真の加工にMacを利用しただけではなく、なんと印刷会社を辞めてMacを導入した制作会社を設立した。一時は社員10人以上を抱えるほどの会社になったが、その後制作単価が下がった影響もあり、2010年に会社をたたみ、そこからフリーのデザイナーとしてスーパーのチラシやフリーペーパーの制作、Webデザインなど多方面で活躍しながら、一方で水中写真の世界に深く入り込んでいった。

今井「小学生の頃からテレビで『わんぱくフリッパー』(イルカと少年が主人公のドラマ)や『クストーの海底世界』といったドキュメンタリー番組をよく観ました。おそらくその当時から、潜在的に海の神秘といった世界に憧れのようなものがあったと思うんですよね」

ただ写真を撮るだけではなく
言語化することも必要だ

 今井さんが通うダイビングスポットは和歌山・串本町、小笠原、奄美大島、西伊豆・大瀬崎などさまざまだが、水中写真に没頭して間もなく、串本町の海岸のタイドプール(潮だまり)でロウソクギンポと出会うことになる。その第一印象は、

今井「愛嬌があってかわいい魚だと思いました」

 ロウソクギンポを撮り続けるうちに、今井さんの写真に対する考え方が次第に変化していった。

今井「生き物の営みを追い続けていると、心が洗われるんですよね。生きていることの本質というか、根本的なものに触れていると心が健全になる。仕事は割り切れるものじゃないけれど、海の世界で生物を追っていると救われるんです」

 今井さんが「日本写真絵本大賞」の存在を知ったのは今年の初め。たまたま奥さんが雑誌に掲載された写真絵本の作品募集広告を見て、今井さんに伝えたそうだ。それを聞いて今まで撮りためていたロウソクギンポを主人公にしよう。とっさにそう思って選んだ250枚をプリントして、並べながら物語を考えた。

今井「締め切りの4月には撮影に行く予定がすでに入っていたので、早めに作品を提出しました。だから受賞の連絡をいただいた時にはそのことをすっかり忘れていて(笑)」

金賞受賞と聞いてもその瞬間はピンとこなかったようだ。
 ただ、今井さんは以前の印刷会社に勤めていた時から個人的に写真集を作っていたそうで、インタビューの時にも数冊見せていただいた。やはりハゼなどの魚の写真集で、そこには簡単な文章も添えられていた。その写真集をめくっていて、今井さんには物語を作る才能がもともとあったことに気づいた。

今井「写真を撮るだけではなく、言語化できなければダメだと思うんですよね。誰かの写真展を見に行っても、そこにある写真の説明が面白かったりする。そういう意味では言語化は必要なんです」

ロウソクギンポという魚を知っている人は少ないかもしれないが、今井さんの物語を読んで、その生態やかわいらしさが伝われば、ロウソクギンポのファンも増えることだろう。それも写真絵本というジャンルの魅力の一つと言える。

文・加藤玄一 撮影・愛甲タケシ

昭和27年創業の宿泊施設付きダイバーズショップ「Seaside Inn 大瀬館」の前で。
ダイバーたちは皆ここから海へと向かう。
バックナンバー
※フリーペーパーは、弊社主催の写真展の会場で配布のほか、作品応募者に送付されました。
Scroll